川に沈む男
去年の8月、ダチと2人でトレーラーでアルミボート引いて、ハチロー(秋田県八郎湖)へバス釣りに行ったんですよ。4日間の予定で。
ところが、到着前日から、凄い雨で流入河川とか濁流なんですわ。
初日、西部やったんですけど、いまいちで、2日目から中央カンセンロとかいう、ドブみたいな所でやったんですよ。
小雨の肌寒い中、一日中やって、そこそこ釣れました。
夕方帰ろうとした時、川の真ん中に人が立っているのが見えたんですよ。
200mくらい先に、ぼんやりと。
夕方、結構肌寒いし、釣りとか網とかやっている風でもなく、棒みたいに突っ立っているんですよね。
ダチと、なんか気味悪りぃなーとか言いながら、なるべく避けて、端を通るようにボートを走らせていたんですよ。
「やべぇぞ!」
前に座っていたダチが言いながら、止めろと、手で合図をしてくるんですよ。
何だ?と思って見ると、さっきの突っ立っているヤツが、その時点で、グレーっぽい作業服を着ている男のように見えました。
そいつが、まっすぐお風呂に入るみたいに沈んでいくんですよ。
自殺なのか?
それとも何かしていて、倒れたのか?
助けなきゃ!
面倒な事になった・・・。
いろいろな考えが、頭の中をグルグルと回りました。
全開で近づいていく中、その男は、もう胸くらいまで水に浸かっていました。
50mくらいまで近づき、こちらに背を向けた男らしい事が分かりました。
やばい、急げ!
「おいっ、アンタ! シッカリしろ!」
ダチが叫んでいました。
沈んでいく男は無反応でした。
・・・あれっ?・・・・・
ココって、そんなに深かったっけ?
次の瞬間、サササ・・・とプロペラに砂が当り、船外機のエンジンがストップしました。
全然浅いんですよ、そこら一帯。
行きは岸よりを釣りしながら、流していたんで、そこら一帯が、サンドバー(砂地の浅瀬)になっているのに気付きませんでした。
とりあえず、エンジンを上げて、エレキ(低速移動用の電動モーター)を少し水に突っ込んで男が沈んだ場所へ近づきました。
「待て! 止めろ!!」
「何で?」
「ちょっと、おかしいよ。離れた方がいい・・・」
振り返ったダチの顔は、血の気が引いてました。
「そうだな、そうしよう。」
ホラー映画なら、ここでエンジンがかからないのが定番ですよね。
その通り。さっきまで動いていたエレキが全く反応しないんですよ。
ほんの一瞬、顔を見合わせたり、今いる所の底を見たりしている間に男は、沈んだのか、消えたのか、いなくなっていました。
怖くて、しっかりとその辺りを見たり、周りを探したりは出来なかったです。
ダチが焦りながら、オールで底を押してその場からボートを離すようにしたんですよ。
俺は、少しでも深い所に出たら、速攻エンジン下げて、かける準備をしました。
濁った水の底が見えなくなってきたところで、慌ててエンジンをかけました。
かかれ、かかれ、頼むから、かかってくれ。
スターターを、力いっぱい引っ張りました。
意外にも、一発でエンジンはかかりました。
「やったー! 早く、このクサレどぶ川から脱出しようぜ。」
ダチが、強がっていましたが、顔面蒼白でした。もちろん、俺もです。
行きに通った航路にボートを戻して、全開で走りました。
男がいた場所を通りすぎる時、ダチはじっとその辺りを見ていましたが、俺は、怖くて見れませんでしたよ。
とにかく、全開で走り続けました。
ボートを下ろした場所と自分の車が見えてきて、助かったと思いました。
「なぁ、アレ、やばいヤツだよなー? まさか、ホントに人だったなんてことは無いよな。」
「当たり前だろ、ペラが底につく浅さだぜ、人間じゃねぇよ。」
「おー、でも、初めて見たぜ、ホンモン。」
そんな軽口を、少しは叩けるくらいにまで、落ち着いてきました。
少し冷静になって、気がつきました。朝より、少し減水してるようです。
「ちょっと減水してっから、ボート上げるのキツイぞ。」
「とっとと上げて、帰ろうぜ。」
その日、トレーラーを使えそうな所が無くて、比較的段差の無い所から、ズリ降ろしたんですよ。
ボートを岸に近づけて、急いで、装備を車に投げ込みました。
その間、川の方は、なるべく見ないようにしてました。特に、男がいた辺りは、絶対に。
軽くなったボートの先を岸に引っ張り上げて流されないようにして、さあ、後はタックルを積むだけ。
ガシャ、ガシャ・・・
「あっ、チッキショー! ボックス(釣り道具箱)、ぶちまけたー!あれっ?・・・」
「ナニ、やってんだよ、早く拾えよ!」
「割れてる、こんなにでっかく・・・」
「えっ・・・」
ダチのプラノ(釣り道具箱)を見ました。
取手と留具の部分に、何ヶ所もひびが入っていました。
「・・・なんだ、こりゃ・・・」
多分、俺もダチも同じことを考えていたと思います。
でも、お互い口に出しませんでしたよ。
何かが、始まったり、来たりするような気がして。
2人とも、無言で散らばったルアーかき集めて、車に投げ入れました。
いったい、俺たちが何をしたって?
昼間、他にも釣りをしていたヤツはいたじゃないか。
もしも、俺たちが何か間違えたのなら、勘弁してくれ。
頼むから・・・・でも、駄目でした。
ボートを上げようとして、車から、川の方に振り返ると俺のボートのすぐ脇に、あの男がいました。
多分、俺が立ったら、ひざ位しかない水深の所です。
胸の辺りまで水に浸かって、上流の、さっき、沈んでいった方に向いていました。
俺とダチは凍り付いて、動けなかったです。
男が、ゆっくりと斜め上に浮き上がりました。
変な動き方でしたよ。
次の瞬間、ポンって感じで、男が俺のボートに乗りました。
足が途中で切れていて、何て言って言ったら良いか、木が生えているように、ボートにくっついてました。
「もうー、ボートいらねぇや。」
声が出ていたかは、分かりません。
俺とダチは、車に飛び乗って、そこから逃げました。
走って、走って、とりあえず、サンルーラルまで来て、駐車場にメチャクチャな停め方をして、レストランに入りました。
ビールを頼んで、二人で顔を見合わせました。
「もう、ボート無くなってもいいや。あそこには戻れねぇよ。」
「あぁ、お前には悪いけど、俺も無理だ。」
その夜は電気、テレビをつけっぱにして寝ましたよ。
次の朝、やっぱりボートが惜しくなって、戻ってみました。
ボートは、昨日の場所にちゃんと有りましたよ。
昨日の夜、レストランからくすねた塩をボートにまきました。
トレーラーに乗せて、宿の予定をキャンセルして、そのまま、帰りました。
なんとなく、気持ちが悪いので、そのボートは売っちゃいましたよ。
どこのショップかは言えませんけどね・・・。
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